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2016年1月

ジーちゃん、いつも霧の中part7だったか8.で、石は体の中part2

その後のワシ。
痛みは、の~なった。
「水をよく飲み、オシッコを確認してください。」とは言われたが、なんせ霧の中のワシ、水面ギリギリまで顔を近付けにゃならんのよ。危ね~~っ。
痛みも無くなり、症状と治療法が分かったワシは、冷静さを取戻し、振り返って見た。
痛みで苦しみ、救急隊員さんの顔を覚えておらず、最初に対応してくれた年増風の看護師さんの顔も覚えておらず、座薬を入れてくれた若い方の看護師さんの顔も覚えておらず、CTを撮ってくれた技師さんの顔も覚えていない。当然、診察してくれたであろう医師の顔など憶えていない。
ただ、座薬を入れられた時の感触は憶えている。「座薬PLAY」ね~。ありゃ~ありだわ。
つづく。    

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ジーちゃん、いつも霧の中part6だったか7だったか?で、石は体の中っ!?

1月20日夜、明日は仕事だし、「相棒」でも見ながら寝っか。なんて思いながら、炬燵で寛ぎ始めたと思いね~。
すると俄に腹痛に襲われやしたね。異常な痛さ。59年生きて来て、これ程の痛みに襲われたのは初めてだった。「痛て~~~~~~っ!」
119番に通報。救急車を要請。此れもまた59年生きて来て、初めてだった。「とにかく痛て~~~~っ!」
電話でもあれこれ訊かれ、到着した隊員さんにも訊かれ、痛くて痛くてまともに返事も出来んがな。やっとの思いで玄関先のストレッチャーに乗ったはいいが、其の揺れで悲鳴。1.2.の3で救急車に乗ったはいいが、其の揺れでまたまた悲鳴。痛て~の痛くね~の。
車上で腰の辺りを、「コツコツ」されて悲鳴。隊員さんは、連絡を取っていた病院へ、「尿管結石」の疑いと言い放ったね~。
病院に到着して、「ご自分で歩けますか?」の問いに、「無理っ!」
再びストレッチャーの揺れで、悲鳴。

暫く処置室に横たわり・・・・・否、くの字になっていた。点滴ルートを確保され、血液検査をされ、「お小水を取りたい。」と言われたが、身体を起こせんよ。看護師さん達が尿瓶を探して右往左往していたが、「病室に在るのを洗おうか」な~~んて聞こえて来たんで、頑張ってコップに取りやしたよ。「痛て~~~~~っ!」
「痛み止めの座薬を入れます。」ってんで、ケツを出せって言うんだが、動けんよ。
「それでは失礼します。」っと、パンツを無理矢理摺り下げて、挿入。若いね~ちゃんに尻の穴を見せたのは、何十年振りか?

病院へ運び込まれたのが9時半頃、帰されたのは12時半頃。何故入院じゃないかって?その病院、泌尿器科が常設されてね~の。
大学病院へ紹介状書いて貰って、CTのロムを貰って、本21日午前病院へ行った。

6年前、テルの臨終の際に立ち会った、当時の若い医師が立派になり、ドアを開けたワシと6年振りの対面。縁とは不思議な物なのだ。

「入院も手術も必要無し。」、「発熱や靴尿が在れば別。」との事で、薬の力を借り、お水を一杯飲んで、流し出すそうな。

結論。今度の事で、ワシに何かあったら、レッツゴー三匹の皆さんが大変な事になる事を改めて確認。必ずワシの方が長生きして、彼女たちを看取るよ。残された彼女たちは、可哀そうだ。健康で長生きせにゃならぬ。       つづく。

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吉松帰還っ!ジーちゃんから離れず。

電話した。すると・・・・・
「元気ないんだよ。御飯食べたり食べなかったりでさ~。」との事だった。
淋しすぎて、元気がないんだな~。可哀そうでもあり、嬉しくもあった。複雑だ。
1月10日、記録を更新するほどのお客様の数。それを熟して、次の朝一番で東京を出発、吉松を迎えに発った。
弟や、ごしゅけ様チュッタを見て大喜び。車のドアを開けるや否や、飛乗って、帰ろうと催促。我が家に帰りたいんだな~。
もう2度とワシの手元から離したりはしない。確か、ごしゅけ様の時も、こう書いたはずだ。この子達無しでは、生きていけないワシ。
上手く事が運べば、生きていけなくなる元が、またまた増える事になる。3月上旬、8~10日あたりだろう。女の子が一人増えてくれれば、幸せなワシ。
シージーちゃんになるワシ。     つづく。

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淋しい夜を六晩。と、序にジーちゃん、いつも霧の中part6.

高速を飛ばせるように回復してきたワシの目。
本日、朝一で静岡に向かう。吉松の子づくり合宿の為だ。略予定通りに整理が来た吉松。これが最初で最後の母になるチャンスと決めていた。
お婿さんを確認し、最初の合体も確認した。
取り上げてからこっち、ワシと離れた事の無い吉松。一人で過ごす夜を知らない吉松。裏を返さば、ワシも同じ。
別れ際、ごすけさんを預けた時と同じ目を居ていたよ。二度と見たくない表情だ。
次の月曜日、夜中でもすっ飛んで行くよ。
ごすけさんが居なければ、幸せを感じる事が出来ないワシ。その幸せは、吉松とチュッタなのだ。
上手く事が運んだら、春には吉松は母になる。ワシの幸せのパーツが、また増えるのだ。
仔犬達の居るドタバタが始まるんだよ。ドタバタ上等。ドタバタは生甲斐。生甲斐の為に、家が壊れるかも知らん。

視力はかなり回復したワシ。まだ安定していないので、眼鏡を造れない。それが問題。右目と左目の視力が逆転し、眼鏡も合っていない。更に問題は、右目は、手術前の左目より見えなくなっている。どうなるか?      つづく。

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