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1月23日は、特別な日。

2011年1月23日(日曜日)、現在10:07、お休みのここら辺は、とても静かなのだ。近所の生コン屋さんの工場も休み、大型車の出はいりも無い。子ども会のリサイクルを促す、車からのスピーカーの声も無い。sleepy  去年の23日は、土曜日だった。憶えてる。テルッツが、一種類目の抗癌剤治療で入院して18日目、色々と副作用に悩まされるようになった頃だ。weep  入院した病院は、西新橋に在り、ワシの普段の受持ち区域の隣だったので、時間を作る事が出来れば、直ぐにでも顔を出せた。まあ、毎日、無理矢理時間を作り出した。土日は、休みだったので、午前中に家の事、入院中のテルッツに必要な物を揃える事などを済ませ、午後は、テルッツのベットの上で過ごしていた。「トシチャン、疲れてるんだから、オシルネしな!」と言って、いつもワシに自分のベットの半分を使わせてくれていた。テルッツが傍に居ると安心して眠れる。「よく寝てたね、トシチャン。ぴくぴくしてたでー。」なんて、言われて。   テルッツは、ワシに隠し事が出来ない、てゆうか、隠し事なんて全くしない。何でも心の中にあるものは、総てぶちまける。でも、感極まったりすると、なかなか言葉が出なかったりする。自分でも言っていた、「テルは、言葉をいっぱい知らないの、だから、旨く言えないの。」 そんな時ワシは、テルッツの思いを、前の言葉、表情、仕草から読み取って、「そうか、テルッツはこんなふうに思ってるのかな?」と、テルッツの言いたい次の言葉を、探すのだ。それでも旨く気持ちを表現出来ない時は、後でお手紙を書いてくれる。ゆっくりと自分なりの言葉を見つけて、優しい文字にして、ワシに渡してくれる。本当に可愛らしい奴なのだ。   2010年1月23日(土曜日)、夕方、テルッツの夕食が運ばれて来て、一緒に食べてそれから、ワシが帰ろうとした時に、テルッツが、掌に載るほど小さくたたんだお手紙をくれた。 「帰ってからみてね。途中の車の中で見たらだめだよー。」 いつもよりちょっと恥ずかしそうに渡してくれた。 このお手紙を、帰りの途中で見ていたら、ワシが、車の運転どころではなくなることを、ちゃーんと知っていたのだ。事実、この、お手紙を広げる度に、涙が溢れ出て来る。いまでも。そしてこれから先ずーーーっと。   このお手紙が、この世で最後にワシにくれた大事な大事な手紙なのだ。テルッツが、ワシが生きる為に残してくれた、沢山の「愛」の一部なのだ。  つづく。

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